太陽系外プラネット図鑑

トランジットタイミング変動(TTV)とは? 惑星間の「引き合い」でわかる系外惑星系の姿

Tags: 系外惑星, 観測方法, TTV, TDV, 質量測定, 複数惑星系, 重力相互作用

はじめに:トランジット法で見つかる系外惑星

私たちの太陽系以外にも、多くの恒星が惑星を持っていることがわかっています。これらの系外惑星を「どうやって見つけるのか?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。現在、最も多くの系外惑星を発見している方法の一つに「トランジット法」があります。

トランジット法とは、惑星が主星(恒星)の手前を横切る際に、主星の光がわずかに暗くなる現象(トランジット)を観測することで、惑星の存在を検出する方法です。まるで小さな虫が電球の前を横切るように、遠く離れた私たちから見て、惑星が主星を隠す瞬間の明るさの変化を捉えるのです。

このトランジット法によって、これまでに数千個もの系外惑星が見つかっています。しかし、単に惑星が見つかるだけでなく、さらに詳しい情報を得るために、科学者たちは主星の光の減り方だけでなく、「トランジットのタイミング」や「トランジットの期間」にも注目しています。

特に、一つの恒星の周りに複数の惑星が存在する場合、それぞれの惑星は隣り合う惑星の重力の影響を受け合います。この「引き合い」が、トランジットのタイミングや期間に微妙な変化をもたらすことがあります。この記事では、この「トランジットタイミング変動(TTV)」と「トランジット期間変動(TDV)」という現象が、系外惑星系の隠された姿をどのように明らかにするのかを、専門用語を避けながら分かりやすく解説していきます。

トランジットの「タイミング」や「期間」はなぜ変動する?

トランジット法で惑星が見つかると、その惑星が主星の周りを公転する周期(軌道を一周するのにかかる時間)を計算することができます。もし惑星が一つだけで、他の天体からの影響を全く受けなければ、トランジットは非常に規則正しく、一定の周期で発生するはずです。

しかし、実際には一つの恒星の周りに複数の惑星が存在する「多惑星系」が多く見つかっています。私たちの太陽系のように、複数の惑星がお互いの重力で引き合いながら主星の周りを公転しているのです。

この惑星間の重力による「引き合い」が、それぞれの惑星の公転運動に影響を与えます。具体的には、惑星は互いの重力によって、本来の軌道からわずかに加速されたり、減速されたりします。

例えば、内側を公転する惑星が外側を公転する惑星に追いつこうとすると、外側の惑星の重力によってわずかに引っ張られ、スピードが遅くなることがあります。逆に、追い越した後には、外側の惑星の重力によって今度はわずかに加速されることがあります。

このような惑星間の重力による速度の変化が、トランジットが発生する「タイミング」にずれを生じさせます。これがトランジットタイミング変動(TTV:Transit Timing Variation)です。トランジットが予定より少し早く起きたり、少し遅く起きたりする現象です。(図1:惑星間の重力による軌道への影響の想像図)

また、惑星の速度や軌道のわずかな変化は、主星の手前を通過している「期間」そのものにも影響を与えることがあります。これをトランジット期間変動(TDV:Transit Duration Variation)と呼びます。

TTV/TDVから何がわかる? 系外惑星系の隠された情報

トランジットタイミング変動(TTV)やトランジット期間変動(TDV)は、単なる観測上の「誤差」ではありません。むしろ、この変動こそが、系外惑星系に関する非常に貴重な情報を含んでいるのです。TTV/TDVを詳しく分析することで、主に以下の3つの重要な情報を知ることができます。

1. 惑星の質量を推定できる

TTV/TDVの最も重要な利用法の一つは、惑星の質量を推定できることです。重力による「引き合い」の強さは、引き合う天体の質量に比例します。つまり、観測されたTTV/TDVの変動が大きいほど、その変動を引き起こしている惑星の質量が大きいと考えられます。

従来の質量推定方法であるドップラー分光法は、特に小さい質量の惑星(地球型惑星など)や、主星から遠く離れた惑星の質量を測定するのが難しい場合があります。しかし、TTV/TDV分析は、トランジットが見られる惑星に対して、比較的質量の小さい惑星でも質量を推定できる可能性があるため、非常に補完的な役割を果たします。

2. まだ見つかっていない惑星の存在を示唆する

トランジット法では、惑星の軌道が地球から見て主星の手前を横切るように傾いている必要があります。しかし、実際には同じ恒星の周りにあっても、地球から見て軌道が斜めになっていたり、主星の手前を横切らない角度だったりする惑星もあるかもしれません。

もし、観測されている惑星のTTV/TDVが、既知の惑星だけでは説明できないような不規則な変動を示している場合、それは「まだ見つかっていない別の惑星」の重力によって引き起こされている可能性が高いと考えられます。TTV/TDVは、このように隠された惑星の存在を探る手がかりとなるのです。

3. 惑星系の軌道や安定性に関する情報が得られる

TTV/TDVの変動パターンは、惑星の公転周期が互いにシンプルな比率になっている「軌道共鳴」に近い系で特に顕著に現れることがあります。TTV/TDVの詳しい分析から、惑星の正確な公転周期、軌道のわずかな楕円率、そして惑星同士がどのような関係で軌道を回っているのか(惑星系のダイナミクス)を知ることができます。

これらの情報は、その惑星系が長い時間をかけてどのように形成され、進化してきたのかを理解する上で非常に重要です。また、惑星系が長期的に安定していられるかどうかの予測にもつながります。

TTV/TDV観測の意義と今後の展望

トランジットタイミング変動(TTV)やトランジット期間変動(TDV)の観測は、系外惑星研究、特に多惑星系の研究において非常に強力なツールです。

ケプラー宇宙望遠鏡やTESS衛星のような、多数の系外惑星を発見するミッションは、同時にTTV/TDVの豊富なデータをもたらしました。これにより、多くの多惑星系について、質量や軌道の詳細な情報が得られています。

今後、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のような次世代の観測装置や、将来の系外惑星探査ミッションによって、より精密なTTV/TDV観測が可能になるでしょう。これにより、さらに小さい質量の惑星の質量を推定したり、より複雑な惑星系のダイナミクスを解明したりすることが期待されています。

まとめ

この記事では、系外惑星のトランジット観測において見られる「トランジットタイミング変動(TTV)」と「トランジット期間変動(TDV)」について解説しました。これは、複数の惑星が互いの重力で「引き合う」ことによって生じる、トランジットのタイミングや期間のわずかなずれのことです。

この一見小さな変動を詳しく分析することで、科学者たちは以下の重要な情報を得ることができます。

TTV/TDVは、トランジット法を補完し、私たちが目にする系外惑星系の姿だけでなく、隠された側面やその成り立ちについても教えてくれる強力なツールです。これからもTTV/TDVの研究が進むことで、多様な系外惑星系についての理解がさらに深まることでしょう。