系外惑星の大気成分をどう知る?光のスペクトル解析が解き明かす秘密
遠い惑星の大気を知るということ
私たちの太陽系以外にも、無数の恒星とその周りを回る系外惑星が見つかっています。これらの惑星がどのような世界なのかを知ることは、宇宙における地球のような惑星の普遍性や、生命の可能性を探る上で非常に重要です。特に、惑星を取り巻く「大気」は、その惑星の環境や進化を知る上で多くの情報を秘めています。地球の大気が私たち生命を育み、気候を安定させているように、系外惑星の大気もまた、その世界がどのような環境であるかを決定づける重要な要素です。
しかし、系外惑星は非常に遠く離れているため、直接その姿や大気を詳細に観測することは簡単ではありません。では、研究者たちはどのようにして、何兆キロメートルも離れた系外惑星の大気成分を知ることができるのでしょうか。その鍵を握るのが、「光のスペクトル解析」という技術です。この記事では、このスペクトル解析がどのように系外惑星の大気を明らかにするのか、その仕組みと、そこから何がわかるのかを分かりやすく解説します。
光のスペクトルとは?大気成分の「指紋」を見つける仕組み
光は、様々な色の光(電磁波)が混ざり合ってできています。太陽の光をプリズムに通すと虹色に分かれるように、光を波長ごとに分解し、それぞれの波長における光の強さを調べたものを「スペクトル」と呼びます。
なぜスペクトルを調べると大気成分がわかるのでしょうか?それは、物質の種類によって、特定の波長の光を吸収したり放出したりする性質が異なるからです。例えるなら、それぞれの気体分子は特定の波長の光に対して「指紋」を持っているようなものです。大気中に存在する気体分子が、そこを通過する光の中から特定の波長の光を吸収すると、その波長における光の強さが弱まります。この、特定の波長で光が吸収されて弱くなっている部分を「吸収線」と呼びます。
光のスペクトルに現れる吸収線の位置や強さを詳しく調べることで、その光が通過した物質の中に、どのような種類の気体分子がどのくらいの量存在するかを特定することができるのです。
トランジット法と組み合わせる「透過スペクトル観測」
系外惑星の大気をスペクトル解析で調べる際に、現在最も成果を上げている観測方法の一つに、「透過スペクトル観測」があります。これは、系外惑星の発見によく用いられる「トランジット法」と組み合わせて行われます。
トランジット法とは、惑星が私たちの視点から見て主星(恒星)の手前を横切る際に、主星の光がわずかに暗くなる現象を利用して惑星を検出する方法です。([「系外惑星は恒星の「瞬き」で見つかる? トランジット法の原理と成果」を参照])
透過スペクトル観測では、このトランジットが起きている最中の主星の光を詳細に調べます。惑星が主星の手前を通過する際、主星の光の一部は惑星その本体によって遮られますが、惑星を取り巻く大気の非常に薄い層をかすめるように通過する光も存在します。
(ここで、恒星、トランジット中の惑星、惑星大気のイメージ図を想定すると分かりやすいでしょう。)
大気を通過した主星の光は、大気中に存在する気体分子によって特定の波長の光が吸収されます。そのため、大気を通過した光のスペクトルは、大気を通過しなかった主星の光のスペクトルとは異なるパターンを示します。
研究者たちは、トランジット中に観測された主星の光のスペクトルと、トランジットが起きていない時の主星の光のスペクトルを比較します。この差分を解析することで、惑星大気がどの波長の光をどれだけ吸収したのかを知ることができ、そこから大気中に含まれる気体成分(水蒸気、メタン、二酸化炭素、ナトリウムなど)の種類や量を推定するのです。
少し専門的になりますが、特定の波長で光が強く吸収される場合、その波長では惑星(と大気)が主星の光をより多く遮るため、見かけ上、惑星の半径がわずかに大きく見えます。透過スペクトル観測は、この波長ごとの「惑星の見かけの半径の違い」を精密に測定することとも言えます。
スペクトル解析からわかること
透過スペクトル観測による大気成分のスペクトル解析から、系外惑星について様々な重要な情報が得られます。
- 大気成分の種類と量: 水蒸気、メタン、ナトリウム、カリウム、二酸化炭素、一酸化炭素など、大気中に存在する主要な気体成分の種類を特定できます。また、その吸収の強さから、おおよその量も推定可能です。
- 大気の温度: 吸収線の形や幅を調べることで、大気の温度を知ることができます。これは、惑星の気候や環境を理解する上で不可欠な情報です。
- 雲やヘイズの存在: 大気中に雲やヘイズ(かすみ)が存在すると、光が散乱されて吸収線が見えにくくなることがあります。スペクトル解析の結果から、雲の有無や、どの高度に雲があるかなどを推測することも可能です。
これらの情報から、その惑星が主に岩石でできているのか、それともガスが主成分なのか、大気が非常に濃いのか薄いのか、といった大まかな分類や、さらに詳細な環境を推測することができます。
大気研究の意義と生命探査への繋がり
系外惑星の大気成分を調べることは、単に遠い世界の化学組成を知るだけでなく、科学的に非常に大きな意義を持っています。
まず、大気の組成は、その惑星がどのように形成され、進化してきたのかを知る手がかりとなります。主星の周りのどの位置で、どのような物質が集まって惑星ができたのか、その後の惑星の温度変化や大気散逸などが、現在の組成に反映されていると考えられます。
そして、最も多くの注目が集まるのは、やはり「生命の可能性」を探るという点です。地球の生命は、大気中の水蒸気や酸素、二酸化炭素といった成分と深く関わっています。もし系外惑星の大気から、地球の生命活動によって生み出されるような特定の気体(例えば酸素やメタンが同時に検出されるなど)が見つかれば、それは生命が存在する可能性を示唆する重要な兆候となります。このような、生命の存在を示す可能性のある大気成分は「バイオシグネチャー」と呼ばれ、現在盛んに研究されています。([「系外惑星の生命の痕跡:バイオシグネチャーとは? 探査方法と意義」を参照])
近年、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のような高性能な宇宙望遠鏡が登場したことで、以前は難しかった小型の岩石系外惑星の大気観測も可能になりつつあります。JWSTはその高い集光力と赤外線観測能力によって、これまで以上に精密なスペクトル解析を行い、水蒸気や二酸化炭素といった重要な分子の検出に成功しています。
まとめ
系外惑星の大気成分を知るための光のスペクトル解析は、遠い宇宙にある未知の世界を探るための強力なツールです。特にトランジット時に大気を透過した主星の光を分析する透過スペクトル観測は、大気の組成や温度、雲の有無などを明らかにし、その惑星がどんな環境を持っているのかを私たちに教えてくれます。
この技術によって得られる情報は、惑星の形成や進化の歴史を理解する上で不可欠であるだけでなく、地球外生命の兆候である「バイオシグネチャー」を探る上でも極めて重要です。今後も、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡をはじめとする観測技術の発展により、さらに多くの系外惑星の大気の秘密が解き明かされ、地球外生命探査も大きく進展していくことが期待されています。